1903年(明治36年 中6回) 日露戦争。生徒が軍に献金。

 4月13日、第5回入学式。87名が入学。5月28日、5回目の開校記念日、演武会開催。演武会は、校庭で撃剣及び柔道の試合をおこなったもの。本校生徒、職員に加え地元の有志、剣客を招き対戦した。

 運動部が柔道、撃剣の武芸部と野球、庭球、ソフトボールの運動部に分かれた。武芸部は盛んになるが庭球以外は振るわない。学友会内に図書館を設置、学芸部が管理することになる。

 5月31日、第8回講話会。東京帝大理科教授 坪井正五郎氏「人類学の大意」 本校教諭 芳賀景介先生「応用的才能」 本校教諭 秋田鐐之助先生「博物の応用」 6月29日、生徒25人による発表。9月1日、学友会「会報」第2号発行。10月11日、第10回講話会東京帝大理科教授 坪井正五郎氏「古物遺跡の調査の真価値」 

 1904年3月13日、生徒一同軍資金を献納。いったいいくら集まったが不明だが、 2月10日に始まった日露戦争にむけたもの。

 12月26日小倉敏行校長、和田亀之助教諭、市村巌助教諭が休職を命じられる。1月14日前原仙次郎氏本校校長に就任。3月30日、第2回卒業証書授与式。