「明治辛丑」は明治34(1901)年である。丑年に因んで牛を撮ったのだろう。正面の黒い牛は雄で、他は乳牛。合わせて6頭はいる。囲いの柵もあるので、牧場である。場所ははっきりしないが、入間川に近い芳野村から古谷村にかけては、堤沿いに飼料となる草地や牧場があった。