眼鏡橋(川越)

現在の高沢橋の場所にあり、煉瓦作りのこの橋は「眼鏡橋」と呼ばれていたが、明治43(1910)年の荒川大洪水に伴う赤間川の氾濫で流失した。橋の上に白い制服の学生がたくさんいる。川越中学校の生徒だろう。右奥は六塚稲荷神社。