学校の記録では、明治33(1900)年9月29日(土)に飯能方面への遠足の記録がある。以下4枚、その時の写真と考えられる。この写真は入間川にかかる橋の上で、白の制服に黒いブーツを履いて整列する生徒が訓示を受けている。左側の5人の大人が何者か分からない。橋はきれいな平板が敷かれ、中央に2本の平行の線がある。よく見ると、左側はレールが敷かれているように見えるが、右側は線状に窪んでいるだけである。この翌年入間川(現新狭山駅付近)と飯能の間に開通する馬車鉄道の線路が敷かれる途中なのだろうか。現在の本富士見橋付近と思われる。





















