卒業生への支援活動

 同窓会は優れた活動を見せた卒業生にも支援を行った。

 1926(昭和1)年に明治神宮競技大会(現国体)の剣道青年組において北村博学(中23)が優勝すると、その栄誉を讃える記念品を贈るための募金を募り、翌年11月に全校生徒の前で銀製カップ剣道具一式を授与した。

 1936(昭和11)年鈴木聞多(中29)が陸上競技でベルリンオリンピックへの出場が決まると、その後援活動に同窓会が一役買っている。

 戦争中の活動

 戦争中は、戦没同窓生の慰霊が同窓会の重要な活動となる。1939(昭和14)年には学校に忠霊室が設置された。以降1942(昭和17)年11月22日同窓会戦没会員合祀祭が、翌日には慰霊祭が行われた。1943(昭和18)年11月の幹事会で総会は当分開かないことになったが、合祀祭、慰霊祭は行った。

 高額化する入会金、終身会費

 多くの卒業生が戦場や勤労動員に駆り出される中、同窓会運営資金が厳しい状況となり1944(昭和19)年の役員会で、新卒業生の同窓会入会金は5円、終身会費10円を納入することが決定された。当時の授業料が5円だったことを考慮するとかなり高額であった。